ドイッチュラントで行われたG8サミットに対する抗議行動がスパーク。で、アホなマスコミ報道と、そのアホな報道にのせられる人、やはり登場。よりによってインディメディア。ゲンナリしたのでメモしておく。
japan.indymediaに投稿された記事
「ブラックブロックと見間違われないように、ブラックブロックって?」は、主にマスメディアを材料として、というか受け売りで、「ブラックブロックは極左団体」などという。莫迦?
ブロック(bloc)は抗議行動やデモにおける結集形態のことをいうのであって──ブロックを戦術そのものとする言説も見受けられるが、それは諸戦術の総和としての形容でしかないことに注意すべきと思う──、恒常的な「団体」のことなどではない。あえていうなら現場共闘集団ほどの意味しかない。
しかも街頭行動の結集の有り様について「ブロック」という言葉が使われだしたのは主として北米であって、ドイッチュラント(ひいては欧州)では、それは逆輸入語でしかない。だから二重の意味でこの記事は莫迦なのだ。
ドイツのこととしていうなら、すでに70-80年代に強力に登場したアウトノーメ(autnome)やアンチファ(antifa)の運動において、覆面・ヘルメット・黒装束などの「戦術としての装い」が採用されている。つまり今次のG8サミット迎撃の諸行動で現れた黒装束は、アウトノーメ/アンチファ(反ネオナチ・反ファシスト)の結集を意味する。あえてわざわざ「ブラックブロック」(Black Bloc)という外来語を使用する意味は、ドイツ語圏では自称として不明なものだ。ま、気分で英語使ってくっちゃべるなかで出てくる言葉ではあるかもしれないが。
けれども、そも「ブラックブロック」とは、北米のアナキストや反権威主義者がドイツのアウトノーメの街頭闘争に影響を受けつつ現場共闘の実践としてかたちづくったものであって、欧州発のものではない。なぜ北米の直接行動文化でいうところの後発の「ブロック」語法が、先祖のドイツでシタリ顔で適用されなければならないのか。ドイツの黒装束の直接行動派が「Black Bloc」もしくは「Schwarzer Block」といつ自称したというのか? 最近になってドイツでこれらの逆輸入語・外来語を頻繁に使いだしたのはマスメディアであり、アウトノーメ/アンチファがブロックを自称する謂れはない。英語帝国主義にはウンザリだ。
ところで、アウトノーメがなぜ、覆面の黒装束という無名性的な装いを採用したかといえば、彼・彼女らの闘いの課題が、警察の弾圧のほかにネオナチやファシストの襲撃に逢着してきたという歴史的経緯がある。具体的にいえば、空家占拠(スクウォット)というアウトノーメの課題の展開において、これを目の敵にするネオナチの物理的な襲撃に備え、こうした装いが選択されていったのである。あるいは直接的にナチに反対するデモをはじめとして、様々な街頭行動が警察の激しい弾圧に見舞われるため(とはいえたびたび闘いは「暴動」に発展してきた──事情は東欧・北欧でも同様である)、やはり警察の攻撃から身を守るために同様の選択がなされた。これは、かつて日本のデモにおいて、ヘルメットが機動隊の警棒攻撃に対する防具として採用されたことと同種の意味を持っている。覆面が公安警察による面割りを防ぐものであることはいうまでもない。つまりそれはまず何よりも自衛としての装いなのだ。
この歴史的な装いの流露を無視し、あえて今さら外来語でもって「ブロック」として括るのは、権力の弾圧やネオナチとの攻防が非常に厳しいなかで闘いぬいてきたアウトノーメ/アンチファの足跡を軽視することにも通じるだろう。
そもそもドイツの国営放送が垂れ流したプロパガンダをそのまま記事にするなんてやり口は、「平和」を隠れみのにした国家主義者の嗜みにすぎない。それをインディメディアに投稿するとはいい度胸してるぜ。インディの意味をなめてるとしか思えない。クソピース専制主義者はさっさと歴史の屑篭に消えろ。