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Ungdomshusetが教えるもの

12 29, 2006 | Posted in 管理人の独り言 | Thema その他 » 独り言

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こういうウェッブログ(web log)をご覧になっているパンクスにとってみれば、acclaimPUNKSCHIZO / PUNK AND DESTROY、あるいは Irregular Rhythm Asylum のログなどで伝えられているように、デンマーク・コペンハーゲンにある24年来のスクウォットUngdomshusetを巡る攻防戦が大変なことになっていることは周知のことかと思います。(なんと12月16日、遂に市街戦さながらの暴動蜂起となり、大勢のパンクスを含む300名以上が逮捕されたと伝えられています)(Ungdomshusetの歴史については、英語版ですがWikipediaの項目を参照してください)

何が本当に大変なのかは、欧州に根強く存在しているスクウォット(占拠、主に住宅占拠のことをいう)の実践や、またその実践を一概に否定しない、居住権という考え方への理解が広く存在することなどを見なければ分かりづらいことかもしれません。日本で暮らしていると居住権という概念そのものがまず理解されにくいということもありますし、そのことが野宿者(ホームレス)への批判・攻撃といった傾向に反映されているような気もします。

しかし、「使われていない建物・場所」を任意に占拠して役立てるということが、ほんとうに攻撃に値することなのかどうかについては、慎重な議論が必要ではないか…と当ログ運営者は愚考します。というのも、人にとって住処がないということは大問題であり、当たり前のことですが、屋根がなければ雨露もしのげないし、ましてや厳冬に路上で起居することの危険(時にそれは路上の死=「野垂れ死に」につながる)を顧慮すれば、背に腹は変えられない「居場所・寝床の確保」は、「人が人として生きる」ぎりぎりのラインの権利(生存権)の行使とも考えられるからです。

UngdomsHusetの場合は、主に文化的な活動などに活用される「社会センター」(これもまた欧州には多くある)としての機能が大きいようですので、野宿者が抱え込まざるをえない困難性とは少し異なった問題にぶちあたったと見るべきでしょう。が、この文化活動もまた人にとって有用なものという見方をすれば、「若者の家(Ungdomshuset)」が様々な営為によって獲得・維持・運営され、しかも自治体(コペンハーゲン市)に一定の範囲でそれを認めさせてきた、という前提はやはり大きな意味を持っていると思います。その前提はまた、行政(地方・中央政府問わず)は、住宅の供給や人が「文化」的に生活できるように環境を整備する義務がある、という社会的認識の広範な存在を示唆しているだろうからです。

逆に言えば、場を自主的・自律的に運営し(DIY!)、またそれを正当なものとして周囲への理解を求める地道な努力、そして不当な攻撃に対する自己の尊厳をかけた闘いなどを抜きにしては、Ungdomshusetそのものがありえなかったということでもあるでしょう。権利は黙っていては反古にされる。この簡単な事実もまたUngdomshusetの成立史によって示されています。

だからこそ私はUngdomshusetの闘いにある種の希望を見い出します。しかもその営為には実に多くのパンクスが関わっている!

いま、私たちが暮らす社会は様々な場面で、「遺物・異者を排除する」という傾向を強めているように思います。ひとり野宿者だけでなく、職を求めて流れ着いた「不法」滞在者や、政治的・社会的な自由を奪われて逃れてきた難民の人々への無理解に基づく一方的な攻撃・排除。そのほかにも様々な「(大勢と)違う」という理由だけで、不寛容な差別や排外主義がまかり通っています。しかしそうした異物排除(eviction)への大勢に抗して、人間が人間として生きるための理解や議論を求め、抵抗する闘いに奔走する人々も確かにいます(※)。

※こうした立場から、Ungdomshusetへの支援的なインフォメを行っているウェッブログに★北河内路上通信があります。Ungdomshusetの声明の抄訳なども出ているので参照してみてください。

もちろん、占拠ということへの評価が様々あるように、私は性急に何が「正義」だというつもりはありません。しかしUngdomsHusetの蜂起が示すように、常に「正義と法」を手にしている政治的な権力(行政、国家...)は、人々の異議申し立てや問題解決のための交渉を容赦なくはねつけ、あるいは一見対応するかのようなふりをして結局はだまし討ちをし、遂には、その内部では決してそう呼ばれることのない暴力を動員して、実際に容赦なくまつろわぬ(従わない)人々を打ちのめし追い払おうとします。(私自身、この数年、ブッシュ・アメリカのいいなりになって軍隊を派兵する日本の政治に反対して様々な活動に参加してきましたが、何人もの友人たちが警察の言い掛かりや「暴力」によってパクられていくのを目の当たりにしてきました──もちろん被逮捕者の救援活動に奔走しましたが、かなり悩みました──逮捕される方が悪いのだという大多数の冷笑に取り巻かれたからです)

こうした経緯を見れば、実際には何が本当の「公共」のための解決もしくは調整になりうるのか、どうすればすべての人が人らしく生きられる社会になるのかという大きな問題について、そう簡単に「不法」ということのみを根拠にして事態を処理してしまっていいのか、という思いが拭えません。ぶっちゃけていえば、法あるいはその執行機関が、常に「正当」とは限らない、Ungdomshusetの蜂起はそう教えているように思われてならないのです。





なーーーーーーんて長広舌してる暇があったら翻訳しろって? その通りですね。はい。

とにかく、お金に余裕がある人は、PUNK AND DESTROY でカンパ送金の労を取られているようなので集中してください! お店(大阪)が遠いって人は… どうすればいいんだろう、Ungdomshusetのサイトを見てもカンパ先が分からない(苦笑)。

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