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[Ungdomshuset]デンマークの社会センター排除が、ヨーロッパを席巻する怒りに火をつける

03 06, 2007 | Posted in 管理人の独り言 | Thema その他 » テーマなんてどうでもいいや

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Ungdomshuset排除を報告する Indymedia UK に掲載された英語の報告を翻訳してみました。

ソース: Eviction of Danish Social Centre Fuels Anger Across Europe


デンマークの社会センター排除が、ヨーロッパを席巻する怒りに火をつける

デンマーク語で「若者の家」と名付けられた、コペンハーゲンにあるスクウォットハウスは、1982年以来きわめて重要な政治的・文化的センターとして機能してきた。この家はその存立のために、長期にわたって政治的かつ法的な戦闘にまきこまれてきた。しかし昨日(3月1日)の朝7時頃、デンマーク警察はヘリコプターを使って建物の屋上に入り込み、予告なしの最大級の排除に手をつけることによってこの戦闘に終止符を打った。機動隊は迅速に街路を封鎖し、催涙ガスを使用しながら建物を襲撃した。周辺一帯が人払いされたため、抗議行動と警察の所業を記録することが困難となった。幾つかの目撃は、排除がすみやかに行われながらも、警察に対する「非常に落ちついた態度」が示されていたにもかかわらず、催涙ガスと警察の暴力がひどいものであったことを語った。
 その瞬間は本当に静けさに包まれていた。昨晩、1000人を超える人々が報告のために街路に戻ってきたときには、幾つかの主要な街路を塞いでいた(燃えさかる)バリケードは片付けられていた。また何人かが病院にかつぎこまれていた。暴動は一昼夜続き、自発的な連帯行動がヨーロッパじゅうで生起した。すなわち、ベルリン(300人余)、ケルン、ハンブルク(700人余)、ミュンヘン、カールスルーエ、ゲッティンゲン、フランクフルト、ブレーメン(300人余)、マグデブルク、ハノーヴァー、ヴィエナ、ハイデルベルク、イェーテボリ、オスロ、ヘルシンキ、ストックホルム(100人余)、フレンスブルク、ポツダム、ライプツィヒで繰り広げられたのである。翌日以降には多くのデモやその他の行動が計画され、デンマークの活動者たちは3月3日の土曜日を国際行動日として呼びかけた。デンマーク警察は強化部隊の再編のため全国からの選抜を開始し、数多くの活動者が数日のうちに首都に結集するべく準備に入った。逮捕者の総数は600人を超えた。

*  *  *

[訳注:この報告は3月1日時点のもの]

草の根民主主義的で、代替的政治性を持ち、文化的なセンターであった「若者の家」が今朝になって機動隊と対テロ空挺部隊によって強制排除された。予定されていたデモは抗議者と重装備の警察とのあいだで大規模な衝突となった。これはコペンハーゲンからの全報告である。
 1970年代末から80年代初頭にかけてオートノミスト(アウトノーメ)とスクウォッティング(占拠)の運動によってまきおこった深刻な社会闘争と蜂起ののち、いくつかの政治的な妥協の一部として、のちの「若者の家」が活動者たちに提供された。主軸となる若い活動者たちはそれを「Ungdomshuset(若者の家)」と呼び、この家でさまざまな文化的・政治的活動がはじめられることとなった。この家は、コペンハーゲンの自由街クリスチャニア[訳注:850人ほどの住民によって運営される自治区で、地理上は34ヘクタールに及ぶ半合法的状況を維持する独立コミュニティ]をのぞけば、多文化的・民主的な基盤をそなえた唯一のコレクティヴ/コミュニティ・センターだった。しかし財産上の権利は、1999年に先の政治的妥協を反古にし、家を最高額の入札者に売却することを決定した地方議会の手に残されていた。
 2001年に財産権を購入したキリスト教原理主義宗派である「父親の家(Faderhuset)」は、2003年になって「若者の家」とその使用者の排除を行うよう権力にうながした。「若者の家」を支援する数多くのデモが行われたものの、「父親の家」は判例上の保証をかちとり、事案に政治性があったにもかかわらず、政治屋たちむは深刻な争闘にまきこまれまいと逃げまわった。デンマークでの数多のデモは警察の残虐さを暴露し、12月にいたるや、「若者の家」のデモはヨーロッパじゅうの活動者と警察の大規模な衝突という段階に突入した。排除からの防衛と、政治の舞台に問題を提起するために、ひきつづき「若者の家」の防備がかためられた。
 今朝7時に対テロ急襲部隊がヘリコプターを使って「若者の家」の屋根に降り立ち、この日遅くにはコペンハーゲン全域の活動者が「若者の家」排除抗議のため緊急に結集することになった。活動者たちは、重装備の戦闘警察が通りを封鎖し、トラブルメーカーとされた人たちを負傷させつつ逮捕していくありさまに直面した。デモ参加者は果敢に反撃しつつ「若者の家」をとりかえそうと試みたがかなわず、活動者は警察とのこぜりあいを支援しながら付近の街路を占拠し、バリケードをつくりはじめた。
 近隣地区は地域住民と活動者によって完全閉鎖され、今後さらに数日から数週にわたってコペンハーゲンのいたるところで幾多の行動・デモをうつことが計画されている。警察による国境封鎖のもくろみにもかかわらず、ヨーロッパじゅうの同調者が陸続と結集している。さらに連帯デモがドイツ、ノルウェー、スウェーデンで準備中である。
 1982年以来、家は、政治的デモ、政治的な討議、コンサートや数多くの文化的イベントの揺籃所(home)となり、政治・文化センターとして機能してきた。「もう一つの世界は可能だ」をしめす草の根民主主義の残滓として今朝の今朝まで貢献してきたのである。ロシア・オーストラリアと同様にヨーロッパじゅうで生起する連帯行動が大きな共感を呼んでいる。どうか自律的なコモンズのための闘いと、新自由主義的抑圧に対する抵抗に参加し、支援していただきたい。「若者の家」のホームページはシャットダウンされたが、ミラーサイトがセットアップされている。排除前の紹介のショートビデオもある。

[報告続く──翻訳も続く?]

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