スポンサーサイト

-- --, -- | Posted in スポンサー広告

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

The War on War / ANTISECT

02 05, 2006 | Posted in ANTISECT | Thema 音楽 » 歌詞翻訳

0 Comments
The war on war
from ANTISECT Interview
http://diyzine.com/antisectinterview.html
※歌詞ではありません

多くの人々が核戦争の脅威を心配し、核廃絶キャンペーン(CND)(*1)がおそらく過去最大のメンバーを獲得したとき、1980年代は一つの画期をなした。

アナキストと平和主義者の集まりであったアンチセクトはこのキャンペーンに熱中した。

私たちはグリーナム(*2)とヘイフォード(*3)を訪れ、まさに非暴力直接行動の活動を理由に逮捕された。

戦争に対する戦争はなくなってはいないんだ…。
【訳注】

(1)Campaign for Nuclear Disarmament 1958年2月、5000人以上の参加によってロンドンで結成された草の根の反核運動体。冷戦下の核戦争危機への民衆抵抗の現れの一つである。地域グループや個人のネットワーク的な連合によって成立、現在でもそのあり方は同様。61年、核戦争反対直接行動委員会と合同。キューバ危機を経て米ソの「雪解け」がはじまると、63年には部分的核実験禁止条約が成立。核抵抗運動はその緊張を和らげるが、70年代に至って環境運動と連携しCNDは活発な活動を続ける。79年のNATO核配備の決定を受け、80年代に再び反核運動が激しく燃え上がり、CNDも積極的にコミットしていくことになる。
 イギリスの数多くのアナーコ/ピース・パンクスが合流した反戦・反核の運動の背景には、これら運動体の粘り強い闘いが存在していた。

(2)80年代のヨーロッパ反核運動の象徴ともいえるグリーナム・コモンの運動は、米軍基地が存在するこのイギリス・グリーナムを舞台として闘われた。グリーナム基地に対する反戦・反核運動は、レーガン政権の「対ソ競争力戦略」による西欧へのパーシングII型中距離ミサイルや陸上発射巡航ミサイル(GLCM)の配備が現実のものとなったときに、組織されざる人々の力強い民衆運動として登場した。CNDもこの運動に独自の影響力を持っていたが、グリーナム・コモン運動の特長は、特定の指導者を持たない自ら組織する(self-organize)運動であったことにあり、特にそのなかで果たされた女性たちの底力は特筆に値する。この運動は、3万人が参加した「人間の鎖」という象徴的な方法によってGLCMの搬入を防いでいるが(82年)、真髄は自ら「非暴力」と信じたその直接行動にあるといってよい。逮捕覚悟で座り込んだり、基地に侵入して諸設備を「破壊」する活動、あるいは常設のピースキャンプの活動などでイニシアチブを発揮したのは女たちであった。

参考文献:
アリス・クック、グヴィン・カーク『グリーナムの女たち 核のない世界をめざして』(近藤和子訳、八月書館、1984)
グリーナムの女たち『グリーナムの女たちの闘い』(オリジン出版センター、1992)
ジル・リディントン『魔女とミサイル―イギリス女性平和運動史』(白石瑞子・清水洋子訳、新評論、1996)

(3)ここにも米軍基地があり、核武装が懸念された。

« リンクは「勝手にしやがれ」 We Can / MOB47 »

- Comments
0 Comments
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
- Trackbacks
0 Trackbacks


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

RSS
プロフィール

anarchopunk

Author:anarchopunk
Note: 歓迎誤訳指摘如何訳詩利用
Link: リンク自由

FC2カウンター
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
カテゴリー
月別アーカイブ
リンク
ブロとも申請フォーム
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。